2013年05月08日

家族の絆をつむぐ本-継伝-

お孫さん(20代)の手紙より


昨年の夏のことです。
家の裏山の草刈りを人に頼んだところ、毎年咲くササユリたちが刈られてしまいました。
僕のおじいちゃんが毎年ササユリが咲くのを楽しみにしていたので、僕は刈られたササユリ
を探しましたが、見つけることができませんでした。

(※ササユリ…本州中部〜九州に分布する多年草。6〜7月にはきれいな花を咲かせる)
すると翌日、なぜかササユリが玄関に生けてありました。

なんとパーキンソン病でほとんど歩けないはずのおじいちゃんが、山に登って刈られた
ササユリを見つけ出してきたのです。
なぜ、そこまでするのかと僕を含め家族はあきれ返っていました。
いつものもったいない性分だろうと思い、おじいちゃんの行動が理解できませんでした。

その年の冬に祖父母の継伝を作ることになり、僕がおじいちゃんがこれまで書き溜めた
和歌ノートから継伝に載せる和歌を選ぶことになりました。
(※以前おじいさんは毎日ノートとペンを持ち歩き、家の周囲を散策して自然を楽しみながら
和歌を日記代わりに書き綴っていた。一日百首以上作ることもあり、数十年書き続けたノート
は二百冊以上、短歌の総数は十万種を優に越えている。
しかし10年前にパーキンソン病になって以来、字を書くこともままならず、ノートを書くこと
も無くなってしまった。)


ノートを見ていくと、ある年の7月の記述に目が止まりました。

“百合(ゆり)採ると ともに遊びし少年の
              友は逝きたり その山荒れぬ”


おじいちゃんに聞くと、その友とは18歳で亡くなった幼馴染のことだったようです。

(※少年とはおじいさんのことで、亡くなった幼馴染とは裏山でよく一緒にササユリを採って
いたそう。その山はよく手入れされていて、ササユリが咲いているのがよく分かったそうだ。
その山も年月が経ち、雑木林になってササユリも咲いているのかどうか分からないくらい
荒れ果ててしまったという意味の和歌)
この時、おじいちゃんのあの時の行動を初めて理解することができました

和歌ノートを見返すと、日々思っていたことなどが事細かに和歌になっており、普段
口数の少ないおじいちゃんのことが少しだけ分かった気がしました


家族の想いに触れるとても良い機会を与えていただき、感謝しています。



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posted by 細田次郎 at 21:49 | Comment(0) | 継伝 こぼれ話
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